キーンとする金属音。
このところ俺を悩ませる忌々しい音。
それとともにどう考えても俺を取り巻く音楽と言うものが遠くにいっている感覚。
どんなに頭をふってもどんなにソレを忘れようとしてもその音は小さくなる事もなく、とにかく煩い。
仕事が忙しくなるとともにその音はどんどん大きくなり、始めは左。
それから右側も。
昼でも夜でも俺の身体につきまとい、どんだけ頑張ろうと、ソレは消える事がなかった。
「はぁ」
ため息をついて起き上がる。
ふとカレンダーを見れば、そこには沢山の赤丸。
今日までにやらなければならない仕事があるのに、まだその半分も終わっていない。
ライブが終わり、怒涛のように押し寄せる仕事。
どんだけ仕事をこなしてもそれは消える事はなく、むしろ山の様に溢れる一方。
そんな日々を送る毎日の中、俺の身体は一人でいる孤独感にも慣れてしまい、またそれはきっと向こうもそうなんだろうな、と。
一人で目が覚めるのにも慣れた。
隣に人がいない寂しさにも慣れた。
「っち…」
そしてこの音。
今日も頭の奥の方で響く忌々しい音。
「ったく、んで耳鳴りすんだよ」
耳鳴りが始まってから随分たつ。
でもたかが耳鳴りだし病院に行くまででもない。
だからそれを放っておいたのがいけなかった、
そう思ったのが遅すぎた。
「うーっす」
かちゃりと中に入れば、ソコにはすっかり俺以外のメンバーが揃ってて。
珍しく麗までいたりして。
「珍しいね、玲汰が遅いとか」
ギター隊二人はすっかり二人がけのソファーに座ってくつろぎ中の様子で。
麗の横にぴったりとくっついて煙草に火を灯しながらギターを弄る葵さん。
そんな二人の向こう側に見える戒。
そして、流鬼の姿。
「や、今日目覚め悪くてな」
シャワー浴びてたら遅くなっちまった、と言えば幼馴染からはからかうような言葉。
実際あれからシャワー浴びて身体の嫌な汗を流してたりしてたら遅くなってしまった、というものあるし。
何よりも『仕事』にくるのが嫌だった。
「でも遅刻してるわけじゃないしいいんじゃない?」
玲ちゃんもさすがに疲れてるんでしょ、と明るい戒の声。
今までパソコンいじって背中を向けてた所から不意な声がしてそっちに向きを代えて。
そーいや、まだ俺流鬼の声聞いてねェな、とか。
「今日は玲ちゃんと俺アッチで二人で音合わせだって」
久々だね、二人っての、と言われた時にふいに大きくなる耳鳴り。
今までキーンだったのが、ガンガンガンって。
その音にかき消されるように戒の声がよく聞き取れない。
首を回すようにして頭を軽く揺らしてその耳鳴りが早く消えるようにする。
「ェ…?わりい、今なんて言った?」
そしてようやくまともに音が聞き取れるようになってから少しだけおちゃらけたようにして両手を合わせてからいかにも聞いてませんでした風を装って。
「…もー、玲ちゃんったら」
人の話本当聞かないよねー、なんていわれる。
でも、本当は
そんな戒の言葉すらあまりよく聞き取れないものだった。
二人してスタジオ内に入ってから気付いた事。
どうやら左耳の方が聞こえが悪いって事実。
右耳はどうにか普通に聞こえると言えば聞こえても、左からの音は遠くに感じた。
そしてそれと同時に耳鳴りが酷いのも左。
戒のドラムがよく聞こえるようにいつもだったらこんな事はしねえのに、身体を戒の方に向けて、右側でドラムの音を捉えて。
響くドラムの音を何とか捉えながらベースを奏でる。
耳鳴りのする頭と、それに伴う偏頭痛。
今までにない経験に俺の身体は悲鳴を上げていた。
「……ねえ、玲ちゃん、今のトコもう一回しよう?」
ふいにかけられる言葉は、気を抜いてると聞き逃してしまいそうになって怖い。
ベースをやっている時は、俺の身体が覚えている音の振るえでなんとかやっていける。
でも、
今までだったら難なく聞こえてた声の大きさのものが本当に聞きづらい。
「ぁ…ぁぁ」
そんな俺の鈍い反応に首を傾げて苦笑いする戒の姿。
「もー、玲ちゃんさっきから聞いてなさすぎだよ」
やる気ないなあ、と言われるその言葉すら口の動きを見ながらなんとか理解できる。
「……玲ちゃん大丈夫?」
黙ったままで、なおかつそのじっと口元を見てる俺が変に思ったのか、ひょいっと覗かれる。
いきないりの事でびっくりして。
「ぉわっ…っ」
あっぶねーな、と首を引っ込め相手の額を軽くデコピンすれば、いつもの玲ちゃんだね、と。
「んー、でもなんか玲ちゃん顔色よくないし、休憩にしよっか」
戒の唇が休憩、と言った瞬間俺の身体はほっとして力が抜けた。
そして暫くすると少しだけ頭の中で響く音も大人しくなる。
「……俺煙草吸ってくるわ」
戒は禁煙してるから、自分が喫煙所に。
ベースを弾くのがこんなにももどかしいなんて。
そして随分と長い間流鬼の声聞いてない気がする。
息を吐き出せば、そのまま天井に向かって消えていく煙。
シン、とした室内と、キーンとする金属音。
このまま俺の頭ん中おかしくなっちまうのかな、なんて。
何をしてもなくならないこの耳障りな音。
まさか普通の音すら聞こえにくくなっちまうなんて。
でもこれはメンバーには間違ってもいえない。
いえるわけがない。
だって俺はガゼットのメンバーだから。